―口のふちの上下からなるやわらかい部分で、飲食・発音などに関係するからだの一器官。―



何のために何を求める?
愛の為に愛を求めるヤツがいるんだってさ。矛盾してるよな、世の中。

きっと誰でもそうなんだろうけど。



「荒れちゃってますねー」



間抜けな声、なんて言ったらきっと怒るんだろうケド。
言わないでおいてちゃんと話を続けてあげた。彼は。
いつの間にかPCの作業は終えていて、2つのカップにお茶を入れている彼女の話を。
当然のように距離は近くて。机越しに立っていて。



「肌がとか言ったら話は打ち切りだからな」
「違いますよー。唇です」



そう言いながら彼女は腕を前に伸ばして彼のソレにそっと触れた。
わざわざお茶を入れる作業を中断させてまで。片手にはそのままティーポット。



「ガサガサじゃないですか」
「まぁ特に何もしてないしな」



親指で触られる。喋りにくいこの状況。
拒否しようと思えば出来た。至極簡単に。
つまりしたくなかったワケで。彼は。



「しかも切れちゃってますし。うわ、痛そう〜」
「そう言いながら触る人間も珍しいと思うが」



そう言いながら拒否しない人間も珍しい。
でもきっと愛しい人に対してその態度をとる人は珍しくない。

彼女がティーポットを机に置いて、彼の唇から手を離した。
何やらポケットをゴソゴソと。するとそこからは小さなスティックが。
くるりくるりとソレをまわす仕草を彼は手元の雑誌ではなく明らかにちゃんと見ていて。



「動かないで下さいねー・・」



確認するように彼女はリップクリームを彼の荒れたソレにゆっくりと塗ってあげる。
固定する為にもう片方は彼の顎に。ある意味いつもと逆の体勢。
そーゆー意味でこの状況になったらどーゆー反応を彼はとるのだろうか?
表面上はきっと今と同じだろう。無表情で。
内面はまぁ、それなりに色々と。



「・・ソレをいつも使ってるのか」
「えぇ、だからこんなガサガサじゃないでしょう?私は」



目線は自然と彼女の唇へ。ちょっと上にあるソレ。
彼は座っていて彼女は立っている為どうしてもそうなる。
確かにソレはちゃんと潤っていて。何かを誘っているようで。
逸らしたくなくなった。別に逸らす必要も無いし?



「ふーん・・・」
「別に間接キスだとか言う歳でももう無いでしょう」
「今どき中学生でも言わないだろ」
「ですよねー」



と言うか言われるまで気づかなかったし。や、気づいたからどうなるってワケでもないケド。
それよりさらに求めているモノがあるせいか。その先に慣れてしまっているせいか。
悪く言えば純粋さがなくなってしまったというトコロだろうか。
まぁ、そんなモノは目の前の彼女に補ってもらえばいい話なのだが。
つーか塗ってる時間がやたら長く感じる。

彼は抑えるのを止めた。



「・・痛っ」
「え、どの辺りですか?」



心配そうに覗き込む彼女。顔が近くなって。
目が一瞬だけ合ったかと思うと、その瞬間を逃すコトを彼は許さず。
顎にあった彼女の手を下へ引っ張り、キスをした。
血のあの独特な鉄の味を感じつつ、彼女は目を瞑るしかなくて。

触れ合っていた部分が距離を置いた。



「・・そんなよくある手を使わないで下さいよ」
「よくある手に引っ掛かったのはあんた」
「せっかく人が治すのを手伝ってあげていたときにあんなコトをするのは酷いです!」



たかがキス1つだろ、と言ったらきっと彼女は激怒状態。
既にもうされないように両手を自分の唇まで持って行っているし。
そんなたかがキス1つをしたくなったのは彼なのだし。言えない。
とりあえず謝罪の言葉を述べた。軽い思いで。



「悪い」
「ぅ、何かそんな素直に謝られても気持ち悪くて仕方がないんですが・・」
「ならどうしろと」
「んー・・」



何処かを見ながら彼女は考える。一体彼に何をさせる気なのだろうか。
頼むから犯罪は勘弁して欲しい。彼は犯罪者にはなりたくなかった。
当然の思考。彼女は言った。



「じゃあ、コレあげますから治して下さい」



先程彼の唇に塗っていたリップクリームを差し出した。



「正直キスする度に鉄の味を味わなければならないのはキツいです」
「というコトは」
「はい、治るまでキスしないで下さいね♪」
「・・したら?」
「鳴海さんの人生のNGシーンを赤裸々に学園中にバラまいてさしあげます」
「・・悪党」
「どっちが!」



今の彼の気持ち?『悔しい』とか『畜生』辺りじゃないでしょうか。
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか。
彼女は彼の手を持ち、「はい」と言いながらリップクリームを片手に持たせ、
お茶を入れる作業に戻った。また机越し状態。何か鼻歌が聞こえるし。
鼻歌交じりなのは彼のお兄さんだけで十分なんですケド。



「ぁ。鳴海さん」



にこやかに彼へ笑顔をプレゼント。
勿論、彼の心に不快感が芽生えるコトはない。
しかし次の言葉はコレ。



「蜂蜜などもよく効くそうですよ♪頑張って下さいね☆」



ご機嫌な彼女。対照的な彼。

そして彼はちゃんと約束を守ったとか守らなかったとか。
求めるモノの為に求めるのをやめるなんて・・

若いって大変ですね、ってお話。




『唇』おわり。


あとがき。2005.02.16 さて何故こんな話になったかというと。 照久の唇がガサガサで切れていて血が滲んでいる状態だったのが原因です。 ぁー・・血の味気持ち悪っ・・。でも照久リップクリーム嫌いなんだよね。ベタつくから。 まぁせいぜい鳴海はひよのさんの為にちゃんと唇治せってカンジでおしまい。 *お手数ですがメニューからお戻り下さい。