彼女はとても焦っていた。静かな廊下で。
どうすればいいのかも判らずに。ただ1人で。
彼に相談するワケにはいかない。と言うか、彼にソレがバレたら終わりなのだ。
何故か首元を押さえながら、部室の扉の前に立つ。



「・・はぁー・・・」



深呼吸。扉を開けたらきっと彼がいるのだろう。
その彼に彼女は今、とてつもなく悩んでいると言うのに。
何故自分だけが・・と、思っていたとき



「何してんだ」



ばっと後ろを振り返るとやはり彼がいた。
落ち着け、冷静に・・と感情を抑える彼女。とにかく"普段"を装うコトを心に誓う。
首元は押さえない。どう考えても不自然なので。



「何でもないですよ。ぁ、今鍵を開けますね」



話している間に気付いたが鍵は開いてなかった。
つまり彼が中にいないコトなど最初から安易に予想がついたワケで。
何となく心の中で舌打ち。鍵を開けながら。




ガラっ




扉が開いた音。ソレはひよののある勝負の始まりの合図でもあった。





























ちゃんと全部話すまでやめたげないよ。





























「私、今日は早めに帰りますね」



カップにお茶を注ぎながら穏やかに彼女は言った。不自然な点は何処にも見当たらない。
アレがバレないようにする為にはなるべく彼と時間を共有するコトを避けた方が都合がイイので。
彼は彼女と目を合わせないで訊ねた。コレはクセと言ってもいい。



「何故?」



当然の質問。勿論、彼女のシナリオにちゃんと入っていた。
彼が自分の机越しに座っていて、料理雑誌をめくっているこの日常も。
きっと、いや絶対自分は大丈夫だと思える。



「今日は親が帰って来ないので自分で色々と家のコトをやらないといけないんです」



考えておいた言い訳。だからコレは嘘。
かと言って罪悪感の感じない嘘。彼にアレがバレないように付いた嘘。
だってバレたら彼女にとって大変なコトになるから。
そんな彼女の言い訳に彼も納得したようで



「あぁ、そう」



と、何を考えているか判らない、あのいつもの顔でそう返した。目線は下なままだけど。
この表情が気に食わないときもたくさんあるが今はコレを見れて安心してしまう。

そう、安心してしまったんだ。



「じゃあ、今日あんたの家寄ってく」
「・・ぇ」
「あんたどうせ家事なんて1人でまともに出来ないだろ?」
「やっ、で、でもっ!!」



まさか彼がこんな言葉を返してくるとは思わなかった。全然こんなのシナリオ通りじゃない。
誤ってカップを落とすところだった。何とか彼に渡せたが。
こんなときに限って何故優しさを見せるのだろう。詐欺だ。
そんなの、もっと別のときにして欲しいのに。
何なのこの人。人をどれだけ馬鹿にすれば気が済むの?
そんな言葉さえ彼女の脳裏をかすむ。口には出さないが。
とにかく何とか止めなければならない。確実に。



「でも、今日は本当にお気持ちだけで十分ですからっ!」
「・・意外だな」
「何がです?」
「あんたがそーゆーコトを遠慮するの。無理やりにでも引っ張ってくタイプだろ?」
「そりゃ、ひよのちゃんだってたまには1人になりたいときもありますよ〜」
「・・・・・・・・・・・」



ヤバい。普通を完璧に装っているのは事実なのに。
何もかもがバレているような気がして仕方が無い。絶対に落ち度は無いのに。
彼が無言で彼女をしばらく見ていた。
彼女は装ったその態度を続行させていたが。否、したかった。

なのに彼はいつものように抑揚の無い声でこう言った。



「・・首のヤツどうしたんだ?」



バレた。やってしまった。今までずっと隠していたモノ。赤いモノ。
コレがバレたくない為に嘘を付いて、彼の珍しく見せた優しさを撥ね返すようなコトまでして。

でも、まだ終わりたくない。終わらせてたまるか。



「ぇ、何か付いてますかー?」
「下手クソ」
「・・何がです?」



彼女は判っている。何が下手と言われたかなんて。
判っているのだケド、負けられないから判っていても訊いた。
顔は見ずに。適当な作業をしながら。

彼は話を続けた。目線はしっかりと彼女に向けて。
彼女の判りきった質問には答えなかったが。お互いに意味が無いので。



「誰に付けられた」
「ぇー・・そんなの今気付いたんですから判りませんよ〜」



半分嘘で半分事実。付けた人物が誰かは彼女だって判らない。
でも、彼はきっと怒るだろう。ソレを予想していたから隠していたかった。
目線はまだ彼に向けれない。負けてしまうから。

だけど、ソレが逆に裏目に出てしまった。



「下手な嘘はやめろ。・・虚しいだけだ」



彼が立ち上がっていたコトに気付くコトが出来なかった。
今は目線を彼に向けているが、やはり感情はつかめない。

でも、きっと彼は怒っていると思う。
他の男に付けられたんだから当然の感情だと思う。彼女はそう判断した。



「・・怒ってますか」
「状況による、がとりあえず今のところは怒ってるかもな」
「何ですかそれ」
「状況説明をしろって言ってるコトくらい判るだろ?」



その言葉を聞いて、彼が自分に近付いてくるコトくらい知っていた彼女。
でも、動けなかった。拒絶できなかった。

そのまま抱き締められてしまっていた。後ろから。



「あの、鳴海さん・・」
「言い訳は聞き飽きたからちゃんと話せよ」



耳に息がかかる。低い声が静かな部室にはよく響く。
彼女は両腕を前にしてただ身を縮めるコトしか出来なかった。
このような体勢になったコトは何回かあるが、怖かった。彼が。
ぎゅっと目をつぶっていたら、いつの間にか首元に彼の髪がかかっていた。



「やっ・・ちょっと鳴海さん何して・・!」
「・・キス?」
「何で自分のやってることに対して疑問系なんですか!!とりあえず止めて下さい!」
「ちゃんと全部話すまで止めない」
「そんな・・やっ」



痕がまた増えた。増えていく。
何故彼はこんなコトを自分にする?
自分だってされたくてされたワケじゃないのに。
愛してくれているから?本当にそれだけ?だって、それだけだとしたら、

何故無理やりなの?ただの欲望のはけ口になっていない?彼の。



「・・ふ・・っ・・・」



そう思うと、自然と涙が頬をつたっていた。
悲しいのか。悔しいのか。怒っているのか。
理由もよく判らない。涙は止まらない。止まってくれない。

そんな感情の渦を巡っていたとき、何か暖かいモノが背中にかぶせられた。
彼女は涙目のまますぐ後ろを振り返った。



「鳴海、さん・・?」



彼女の背中には彼がいつも身に着けている制服の上着。
さっきまで着ていたせいかまだ熱が残っているソレ。
彼はいつの間にか彼女から離れ、ドアノブを握っていた。
後ろ姿だった為、彼女に彼の表情は判らなかった。
少なくとも笑ってはいないだろう、この状況で。



「・・悪かったな、話したくないコト無理に訊いて」
「・・・鳴海さん・・?」



低い声なコトはいつものコト。
だけど悲しそうに言っているのは珍しい。

そこで彼女は気付いた。とても2人にとって重大なコトに。
彼女は例え、その意思が無かったとしても

彼を傷付けてしまったのだ。彼を裏切るようなコトを。



「ち、違う!違います鳴海さん・・!」
「・・泣くほど、嫌だなんてちっとも気付かなかった」
「やだっ!鳴海さん・・っ」



扉は開けられ、そしてすぐに閉められてしまった。彼女を独りにして。
そして、ただ1人残された彼女は



「やだ・・鳴海さんっ・・!・・ふ・・っ・・」



彼のたった1つ残していったモノに被われたまま

ただ泣くしかなかった。後悔。悔しさ。
先程よりも大きな感情の渦を廻して。



―――――僕らは掻き乱された。



つづく。


あとがき。2005.02.21 さて、ココでは初めてですが次回に続いてたり。 や、いつも続くで終わってるケドね。ちょっとだけ連載っぽくしてみたかったのです。 つーかゴメン、意味不で。m(__)m次回でちゃんと終わっちゃうケド。 ぁー・・何か最近あっち系のヤツ書けなくなって来た・・。 *お手数ですがメニューからお戻り下さい。